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コレさんの私新聞「礎」第146号 - 2012年3月15日(木)

コレさんの私新聞「礎」第146号 - 2012年3月15日(木)

届け、東日本へ 「祈りの大コンサート・大分」

 1年前の3月11日。全世界を震撼させた大震災に私は震えた。まさかその1年後のその日ステージで歌うなんて想像さえできなかった。何が出来るのか、苦しんだ音楽家たちも多かっただろう。その人々が一堂に集まって、黙とうを捧げ、祈りの歌、演奏を行った。総勢180名4時間のマラソンコンサートは大成功だった。私は実行委員としては何の役も立たなかったが、発案者の渡邉麻実子さん(ピアニスト)、野村陽一牧師(ルーテル大分教会)が精力的に取り組み、多くの演奏家たちの賛同を得た。この1年、音楽家、合唱団が個別に行った「祈りのコンサート・大分」は実に14回。その方々が一堂に会した「大コンサート」は「本当に実現」するのだろうか?と迷った。だが心中は既に決まっていた。

180名が4時間のマラソンコンサート(大分市・コンパルホール)

 いよいよ本番。予想以上の協賛、協力を得ての大コンサートが始まった。言いようのない感情がこみ上げる。夢が現実となり、大勢の来場者に思わず心で感謝した。

 このチャリティは宮城県東松島市のNPO法人「のんび~り・すみちゃんの家」(高齢者グループホーム・デイケアセンター)を支援しているが、伊藤理事長夫妻が突然来訪すると連絡があった。3・11に現地に居たくないとの思いもあったようだ。

 当日は冒頭でパワーポイントを使いながら「被災地の今」と題して報告頂いた。被災された方から直接貴重なお話を伺えて心から感謝である。

 来場者は499名、義援金は約50万円、協賛金残金を合わせた60万円余を送れることになった。

 合唱、独唱、チェロ、フルート、ピアノ等々バラエティ豊かな演奏、また民謡や呈茶サービス等様々な奉仕も頂いた。「何かしたい」とのひたむきな思いから全員がボランテイアでイベントを支えてくださった。私たちには大したことはできないけど、音楽を通して、自分なりに献げることができたと思う。伊藤さんも、ステージと観客が一体になった暖かかい空気に感動したと言っておられた。

 復興はまだこれから。国の施策も遅れ、茨の道が続く。東日本の人々の辛抱強さが、これからの再建に大きなパワーをもたらすに違いない。

 我々は被災地と遠く離れている。支援だ、絆だの言っても次第に風化してしまう。大事なのは、被災地自身の力のみではなく、全国民が共に重荷を担うという私たちの決意と政府の意識であろう。どうすればよいか、申し訳ないが今は思いつかない。ただこの催しは今後も続けていく。

~オペラ ガラ コンサート~ 佐藤美枝子さんに感動

 久しぶりに聴く歌声に感動を新たにした。3月2日グランシアタで開かれた「大分県立芸術文化短期大学創立50周年記念オペラコンサート」に妻と行った。指定席が売切れのため3階のバルコニー席で聴いた。ここはステージの斜め上で出演者の顔もよく見える。(意外な穴場なのだ)フルオーケストラと100人の大合唱団をバックに芸短大出身のオペラ歌手が競演。見応え、聴き応えのあるコンサートだった。米国在住の木下美穂子さんの歌声に驚く。堂々とした情感溢れる素晴らしい声と表現力に圧倒された。こんな凄い人がいたのだ。勿論佐藤美枝子さんは別格。

同大教授の宮本修先生も重厚なバリトンで登場。先生は今月末で退官される。最後かも知れないと報じられていたがもっともっと演奏活動を続けて欲しいと感じた。

 佐藤美枝子さんは最後に登場、その歌声は益々円熟味を増している。コロラトゥーラの独特な高域ソプラノのハイテンポで転がる様は見事だ。しかも佐藤さんの高音は微塵も乱れる所がない。

 私と会った1998年の記憶が蘇る。2000年4月の全国植樹祭の出演交渉だ。彼女がチャイコフスキー音楽コンクールで日本人初の優勝を得た直後、私は植樹祭の企画に頭を悩ませていた。世界的なイベント会社が競合する大イベントだ。彼女しかいない―私は彼女を主役に据えることに賭けた。聖書の創世記をベースに「森の見てきた物語」のコンセプトで2000人が出演する大交響曲のシナリオは林野庁、宮内庁、大分県から大絶賛を受けた。審査員の満票も獲得したのである。作曲家・宮崎尚志さんが彼女の高音域に合わせて作曲。おかげで数回のリハーサルでは世界中を駆け回る佐藤さんの代役がいない。そんな苦労もあったが、本番では天皇夫妻を始め、1万2千人の来場者を魅了した。終了直後楽屋に駆け付けた私と握手、「川野さん…」と言って次の言葉が出ない―彼女の顔には涙が溢れていた。そんな思いと共に感動のひと時を過ごした。

豊後浄瑠璃考

 中津市に豊後浄瑠璃という伝統芸能がある。三味線を伴奏に弾き語る音楽劇で、江戸時代大流行した。浄瑠璃は義太夫に始まり、豊後、清元節等諸流派がある。近松門左衛門の心中物が有名だ。当初豊後節は地名かと思ったが、宮古路豊後掾(ぶんごのじょう)という義太夫の門弟の名で、京都出身だ。調べると浄瑠璃は民俗芸能として全国にある。 中津の豊後浄瑠璃は羅生門を大分弁に脚色したユニークなもの。方言資料としても貴重だが、私は同名のお菓子の包装紙のデザインをしたことがある。大分弁の分かる人には抱腹絶倒する傑作だ。私はこの物語を勘亭流で表現したので前半を記憶している。その一部― 昔、昔みなもとんれえこん(源 頼光の)けれえ(家来)に渡辺 ん綱ちゅうち(渡辺綱)上んで えかり下んでえかけち(全国で )あっちぇあられん(想像絶す る)ついいさむれえがおっち( 強い侍がいて)ゆうべん夜明け ん鐘ん鳴りはためきゃ、くるっ と起けち、裏の溜池んつうじっ ち(飛んで行って)つるう(顔) のんぼりくんだり(上下)こき 洗うち、戻ってきち、ゆんべん 残りんひやずし(冷や飯)四五 六ぺえ(杯)も打ちくるうち( かき込んで)せんちんにゃ(便所 に)ガタガタ走りこうじ… (以下かなりどぎついので割愛) ※希望者にはLPをお貸しします。

あげな話こげな話 

仕掛け人は誰だ?(2)

 革新系市長が12年も続いたO市。A市長が突如不出馬を表明したが、その裏事情について私なりに情報を得たが内容は明かさないでおく。

 市長選は無風の筈が急遽大混戦の状況に変わった。だが各党も困惑する。首長候補なんて簡単にはいかない。適材が見つからないのだ。

 選挙まで8か月。立候補者がまだ出ない。心配してたが突然、友人が立候補するとの連絡があった。私もH氏はどうかなと軽い気持ちはあったが、まさか立候補とは!。あと8か月では無謀だ思ったが放ってもおけない。無駄かなと思いつつ私なりの腹案を提案しようと思ったのだ。それは選挙仕掛け人。但し余りにも時間が足りない。だがやらないよりマシなのは確かだ。

 早速案を作成して事務所に届ける。今の政治状況では勝てない、と。H氏は私の提案を受け入れた。急遽福岡の友人に連絡、段取りを組み早速行動を開始した。友人はイベントのプランナーやCM企画等を手掛ける。しかし各地の地域づくりの仕掛けや、選挙仕掛け人の顔も持っている。一番乗りの立候補はH氏のみだが、これからどんな強敵が出るのかが問題だった。浮上したのは民主党代議士のK氏。本人はノーと言い続けたが、私は民主党本部の裏情報で絶対出ると踏んだ。党内では既に存在感がないと評されてたこともある。革新系協力者T氏に依頼したところ、貴重な情報を得た。あるパーティで連合会長とK氏が同席した隣にT氏が偶然座った。当然会話に参加。会長が「ぜひ出馬を」と打診。K氏は苦笑いしたという。その場の様子からT氏は出馬意思ありと断定。私は(そうか待望作戦だな)と直感した。その後地元新聞がシリーズ連載を開始、選挙2か月前にやっと正式表明した。私は小泉首相の応援要請を提案したのだが、スケジュールが取れず、自民党は安倍晋三氏を派遣した。結局5人立候補となったが事実上はH対Kの一騎打ちとなった。

 作戦はある程度功を奏したものの、18000票差で敗れた。K氏の「待望作戦」の効果は絶大だった。

 H氏は保守革新を掲げて人柄で票数を得たが、当時上昇気流で勢いのある民主への待望論に、浮動票が流れたのである。草の根選挙は最低でも1年以上水面下での地道な取り組みが必要である。H氏は健闘はしたが、待望論という魔物には勝てなかった。自民が逆風になり民主が追い風に転じH氏は再挑戦を封印した。(私も仕掛け人を隠退)

スバルのせちいなぁ

スバルのせちいなぁ(せちぃ=大分方言 せつない)

春は恋の季節なのだ ややこしい人間の恋心

 ここのお父さんが玄関前でしゃがんでキョロキョロ見回してた。こんな光景をテレビで見た。泥棒の仕草だった。まさか…ついに食えなくなって、盗みの練習を始めたのか。オイラは思わず涙が溢れそうになったね。

 でも違った。お父さんは「人間は高い所からネコを見る。これではネコの気持ちが分からないんだ。ネコの目線で周りを見てみるとどうなのか、実験したのだ」と言う。いや実にあっ晴れなる態度。少し見直したぜ。

 結果は―地面がよく見えて、逃げる場合はどう移動するか、どこに危険が潜んでいるのかわかるような気がするな」と言ってた。なんだ、それだけかよ。オイラに言わせりゃ、ネコの目線だけじゃない。臭いだよ。臭いは命なんだ。人間より遥かに敏感だ。特に危険なネコの臭い。妖艶なメスネコの臭い。いや匂いだな。子孫繁栄のための大事な匂いでもある。臭いってのは地面のすぐ上を漂うわけよ。

 ネコ社会は生存競争が激しいんだ。殺るか殺られるかだ。大底どのネコもどこかに大きな傷がある。足や耳が裂けたり、激しいもんだよ。目立たないけどいつも生死をかけた闘いが日常なんだ。そういやあ外ネコのマヨ、最近やけに色っぽくなったな。いや惚れたわけじゃない。あくまで客観的にそう分析しただけさ。学術的にね。春だなあ。恋の季節ってやつ。ネコだって恋愛するんだ。仮にオイラが惚れたって、自信がないな。理由は男としての魅力に欠けるってこと。なにしろ野生じゃないから、ケンカは駄目だし、メスが惚れこむタイプじゃないな。顔は福山雅治か西田敏行タイプだと思ってる。少し謙遜かな。

 それにしても人間の恋ってややこし過ぎない?オイラたちは単刀直入さ。ま、ひとめぼれがすべてかな。人間はおかしい。マスクから始まるのはいいとしても、収入や地位、趣味と欲張りも甚だしい。それに占いとかいい加減にしろってんだ。ちゃんと鏡を見てほしいな。顔の話じゃない。オーラだよ。オーラがまさにひとめぼれのポイントだと思うよ。まあしかし、収入が豊かなら、他の条件が気に入らなくとも目をつぶれるという「担保条件」にはなるな。でもそれって淋しい話さ。それに最近は「結婚しない女」と「結婚してくれる相手が少ない男」が増えているって。AKBなんかの追っかけ男が多いのも気になるな。どうでもいいけど…ふぅ。



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