大分・別府のアーティスト活動と町を盛り上げるためのサイトへようこそ! 街中コンサートやイベントで、一緒に大分の町を盛り上げていきましょう!

コレさんの私新聞「礎」第149号-2012年5月15日(火)

コレさんの私新聞「礎」第149号-2012年5月15日(火)

女性の魅力「目力(めぢから)」

 コンテストの審査員を依頼されたことが結構ある。児童絵画コンクール、発明コンクール県予選、赤い羽根バッジデザインコンテスト等々だ。

 特異だったのがタレントオーディション。東京のタレントプロダクションからの依頼で、九州各地で行う新人オーディションの審査員を1年間つとめた。採点表でチェックするのだが、一人2~3分かかる。部屋の外には大勢の受験生が呼び出しを待つ。採点表は20項目以上で演技力や発音、理解力等々10段階ポイントだ。が、これはまともに採点ができない。物理的に間に合わないのだ。○×なら簡単だが、点数採点は不可能に近い。そこで私の経験に則った方法を使うことにした。「目力」である。本人とのやりとりは禅問答的に行う。例えば「俳優とは何?」とか「エンターテイメントって?」など質問者も答えられないような難問である。これでリアクションを観察する。

 さて目力だが、これは演技では絶対に表現できるものではない。また生まれつき備わってるものでもない。その人の生き方、考え方、気配り等が瞳の奥から光り輝いて相手の心に響く。大昔からある言葉である。ただ睨み付ければ目力が出るわけではない。

 番組司会者(MC)公募でカメラオーディションに立ち会った。スタジオでカメラの前で挨拶から始まり、質問に応じたり、天気やニュースの原稿を読む。私はモニターで自分なりに審査した。いずれも似たような展開で多少うんざりしていた。が一人の女性に釘付けになる。マイクの前に元気よく進んでピョコリとおじぎをしてカメラを見つめた瞬間、私は「決まりだ!」と声を上げた。他の審査員も同じ判断だと後で聞いた。常務が私の耳元で「コレさん、この子で決まりだね」と囁いた。私も常務に「こんなの初めてですよ。目力ですね」と返した。つまり目力で審査員全員を虜にした。本人はまだ一言も発してないのにだ。勿論審査員の「決定」の意思は後日採用通知連絡があるまで当人は知らない。「目は口ほど以上にものを言った」のである。この一件の数年前、ある政治家の紹介でアナウンサー志望の新卒女性が会いにきた。通り一遍の話をしたが、私はやはり「目力」を見た。彼女は私から決して目をそらさなかった。しっかりこちらの目を見据えていた。この時「彼女は絶対合格する」と確信した。TOEIC(国際英語検定)760点も大きな武器だ。彼女は映画で勉強、さらにカナダの大学に語学留学したほど。大分の田舎でも最近国際的になってきたし、英語インタビューも必要であった。激しい競争を勝ち抜いて、ついに彼女は合格した。この時も人事担当常務から「わが社にはもったいない人材だ。ありがとう」と言われた。彼女の人気はうなぎ昇りで、ついに全国アナウンサー大賞受賞の栄誉も手にした。彼女のポイントも目力だった。私のアドバイス通り記者も希望、取材もするキャスターとして活躍した。

 日本女性の魅力は「黒髪」と言われるが、私は違うと思う。目力とは多少違うが、瞳だと思う。2例ほど挙げてみたい。最初は21歳。デザイン勉強中のときだ。仲間の男女10人でコンパをした。お開きの後澁谷会館で踊ろうということになった。はっきり言って大の苦手ながら付き合うことにした。当時ツイストがブームだった。体育館ほどの巨大なホールで数百人が激しいロックのリズムに合わせて踊り狂っていた。思わず逃げ出したい衝動にかられた。仲間は次々にペアーを組んで踊りの群れに溶け込む。どうすべえと思案し、横を見るとA子と目があった。同じ仲間だが、特別親しくもない。目で合図する。「仕方ねえな、踊ろうか?」。この時私はびっくりした。吸い込まれるような瞳だった。今まで顔をじっくり見ることがなかった。濡れた感じの黒い瞳。大人しくチャライ感じでもない。確か彼氏が居た筈と思ったが、彼女とフロアーの中央に進んだ。いきなりアナウンスが響きわたる。「これからコンテストに入ります。会場が暗くなりますが、スポットライトが当たった方はそのままお残りください。その他の方は会場隅に下がって見物ください」と言っている。どうせすぐ退場さ―と思いつつ踊り続けた。徐々に周りのペアーが退場する。そのたびに私たちにスポットが当たった。周りがかなり空いてきたが、私たちには何度もスポットが当たった。ヘンだね、と目で合図しつつも続けた。

 いきなり会場が拍手に包まれた。周りには二人のほかに誰もいない、ということは…まさか、まさか!拍手は我々に対してだった。「おめでとうございます!本日の優勝者です!」再び割れんような大拍手だ。夢じゃないの、それとも何かの間違いだろう―

 おかげで豪華賞品にありついたが、あとで、あの瞳のせいだったのだと思った。

 2例目の黒い瞳。1962年、大分県アジアポート推進協議会ブラジル訪問団の同行取材だった。。サンパウロで警察を対象にした柔道・空手道場の経営者が歓迎会を催してくれた。高級住宅街の一角にある会場。まずイベントガールを指名しろと言う。ずらりと並んだ20名程の女性たちに息をのんだ。スーパーモデル級の面々に戸惑う。白人系、ラテン系、インディア系いろいろで選びようもない。しかしひと際目を引く女性がいた。黒髪で黒い瞳が濡れている。(これは凄い!絶世の何とかだ)と思い道場主に小声で伝える。すると「あの人はまずい。ここのオーナーの奥さんだ」という。日系と聞かされ驚いた。スーパーモデルたちの中で一人とびぬけた存在感に、改めて日本女性の美しさを再認識した。やはり瞳だった。

 人はいきいきとしているときには目が輝く。だからと言って面接用にいきいき感を演出しても目力は出ない。大事なのは日常の在り方。人生の捉え方、生き様だろう。他人への気遣い、出会いを大切にし、明日への希望に果敢に挑戦できてこそ光るのだろう。たぶん多くの審査員が「目力」を基準にしていると思う。

あげな話こげな話 音楽の英才教育46か国で展開する鈴木メソード

 鈴木鎮一なるヴァイオリン教育者がいた。彼の教育法が海外で反響を呼び、今では世界中に教室を展開している。

 私は30年前に米国の英才教室で、この鈴木式教育の現場を見て衝撃を受けた。2~3歳児に音楽を聴かせるが楽器はすぐには与えない。「ハングリー状態」で子どもの学習意欲を醸成するのだ。これを日本でなくアメリカで初めて知った。発祥の地でなく海外で評価され映画にも登場。私はまだ観てないが、物語はニューヨークの荒れた学級で子どもたちにヴァイオリンを教え、心を開かせていくという実話。大人が押し付ける教育でなく、子どもの意欲をうまく引き出すには―。世界中で多くのヴァイオリニストを育てた鈴木博士の理念は今も受け継がれている。もちろん日本にも多くの教室が全国に展開されている。

スバルのせちいなぁ 人間は下等動物

スバルのせちいなぁ(せちぃ=大分方言 せつない)

 この家のお父さんはネットで猫のトピック映像をよく観ていて、あまりの可愛さに独りニヤニヤしているんだ。オイラは時々「キモイ」と思うけど、ま、猫党の支持者として寛容さで見守ってるんだ。政治家の気持ちもわかるな。清き一票さ。ついこの前もオイラと似たデブ猫が寝たまま餌を食べる場面に怒ってたよ。お母さんは「スバルと一緒ね」と言って笑ってた。はっきり言ってこれには傷ついたな。オイラは(まだ)そこまでぐ      (せつないなあ)うたらじゃないぜ!

 食事の時もお父さんに言われてお座りして食べるんだ。この家で一番強い娘(今は嫁して東京にいる)が目を細め「可愛い!」と言ってくれるほどさ。気のせいかオイラには娘の目にうっすら涙(感涙)が見えたような気がしたな。

 ネットにはいろんな動物が紹介されるけど、なんといっても猫が圧倒的に多いよ。だけど喜ぶのは早い。聡明なオイラの分析では、犬はかなり芸をしてもトピックスにはあまり出ない。当たり前だからね。だけど猫が新聞を取ってくるだけで大ヒットだ。これは人間が猫をバカだと位置づけてるからさ。そこの認識が間違ってる。実際は人間がバカなんだ。その決定的なバカが「原発再稼働」だ。原発は絶対安全と言いながら金をばらまいて洗脳し、実際大事故が起きると「電力供給不足」をネタに再稼働をすると脅している。それを鵜呑みにして国民の命を守る政府が再稼働を強行しようとしてるね。これってバカだよね。

 その点大抵の動物は一度罠にかかったら、二度と罠には近づかないないんだ。防衛本能ってやつさ。人間にはそれがないのかな。動物学者さん教えて!(それとも欲望が知性を麻痺させるのかな)

 真面目で真実の人もいるけど、彼らの多くは金も力もない人たちだ。(とお父さんが言ってた)けどオイラは金も力もないお父さんが真面目で真実だとは思えないけどね。はっきり言ってオイラの方が超真面目さ。相棒のカケルの場合は少し劣るけど。ヤツはお父さんお母さんにゴマばっかり摺ってるし、脱走するし誰も見てない所でオイラを攻撃するんだ。だからオイラは不満が昂じて、あちこちにマーキング(オシッコ)してしまうんだ。それで折檻されたり、軽蔑の目で見られたり、散々なんだ。ところがカケルの野郎、ヤツは見てない所でマーキングしやがる。それがすべてオイラのせいだ。人間の世界で「冤罪」という。クソ!と思うけど、オイラにゃ裁判所に告訴する権利はないから、泣き寝入りだね。ま、猫も人間とおなじで様々さ。人によってはオイラを見て「すごく可愛い。上品で品格がある。イケメンだ。毛並が美しい。鳴き声に個性がある…」等々言われるんだ。そんな時の相手の目は一点の曇りもなく、真実そのものだと感じられる。目は嘘つかないと、目ヤニがついたお父さんがよく言ってたしね。そのお父さんがある女性の話をした。原発事故直後子どもたちを連れて脱出したところ、地元に残った人達から「私たちが残ったのになぜ自分だけ逃げたの?」と言われ、しばらく苦しんだ。しかし気持ちを切り替えて被曝地に戻り「放射能情報センター」を立ち上げて人々に放射能の恐ろしさを伝える活動を始めた。彼女は今堂々と「まず子どもを連れて逃げなさい」と言う。他人がどう思おうと子どもを守るのが親だと。いや素晴しい人もいるんだ。(ね、お父さん)



関連ページ

powered by HAIK 7.1.0
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. HAIK

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional